洋書の目利き、古田島さんのこと ― 2008年07月04日 09時50分13秒
ASAHIネット(http://www.asahi-net.or.jp)のjouwa/salonからホットコーナー(http://www.asahi-net.or.jp/~ki4s-nkmr/ )に転載したものから。
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http://iiyu.asablo.jp/blog/2008/07/03/3607518
祝Lisp誕生50周年とジェネレーティブプログラミング
と
http://iiyu.asablo.jp/blog/2008/07/04/3609430
翔泳社 IT Architects’Archiveシリーズ
で、
「コタさん(古田島さん)のがんばりでしょうね。ありがとうございます。」
と書いた。
かつての各誌の連載では、何度も触れたことがあるので、昔からのおれの読
者は知っているだろうが、若い人は知らないだろうから、簡単にコタさん(古
田島さん)のことを書いておこう。
神田神保町の書泉グランデの5Fに古田島さんがいたとき、コンピュータ関
係の洋書が異様に充実していたのは、この人のおかげ。
以前、どこかの連載で書いたように、東京に出てきた当初は、福岡に比べ、
新宿紀伊國屋や八重洲ブックセンターの洋書の充実ぶりに感動したが、たまた
ま、あるとき、グランデに行って、コンピュータ関係の洋書の棚にびっくり。
名前だけで現物を見たことなかった、あの本もこの本もある。新宿紀伊國屋
や八重洲ブックセンターなんて目じゃない。日本一の品揃えだと思ったね。
以来、足しげく通うんだが、目つきの悪い店員が、こいつ、万引きするんじ
ゃないかってな目で、ジロジロ、おれを見てるのね。
おれも連載していた翔泳社から出ていたDDJ日本版に、古田島さんが売れ筋
洋書や今後の注目洋書のコーナーを書いていた。
ああ、あの異様に充実した品揃えのキーマンは古田島さんというのか。一度
会いたいなあと思った。
あるとき、グランデで紹介してもらったのかな。ビレッジセンターの中村満
さんが紹介してくれた? DDJ日本版編集長だった清水さんの紹介?
もうその辺は覚えてないけど、とにかく、あの目つきの悪い店員が古田島さ
んだった。\(^O^)/
古田島さんも、おれのこと、怪しい奴だなと思って警戒していた。\(^O^)/
いまは、アマゾンで直接海外から洋書は買えるから、グランデなどもそうだ
し、みんな、洋書は割りに合わなくなって縮小してますよね。
古田島さんも翔泳社に移って、良書の日本語版をなんとか出そうと、水面下
で暗躍しているわけです。
あと、まだいるのかどうか消息は知らないけれど、ピアソン・エデュケーシ
ョンの藤村さんとかね、一般人が知らないところで、コンピュータ関係のいい
洋書の日本語版をなんとか出せないかとがんばってる人たちは、いるわけです。
日本のソフトウェア業界が弱いとか、なんだかんだ言われるけど、それでも、
世界トップクラスの水準である日本の経済や社会を、コンピュータのハードや
ソフトが支えていられるのは、この人たちのおかげでもあるわけ。
古田島さんが偉いのは、自社の連中だけじゃなく、コンピュータ関係の他の
出版社の若い連中と一緒に書店を回って、若い連中に棚の作り方や目利きのや
り方を指導して、後進を育てていること。そして、神保町で酒を交わしながら、
ああでもない、こうでもないとやってる。
若い出版人に望むことは、古田島さんから吸収できるだけ吸収して、次の世
代に精神やノウハウをつないでほしいということ。
業界の生き字引だったプラットホームの本多の親父さんが亡くなって、いろ
いろ思うことがあった。古田島さんは、すぐ死にそうな年じゃないけど、人生、
先はわからないからね。古田島さんは、コンピュータ関係の出版、特に洋書に
関しては生き字引の一人だから、業界の若い出版人は、古田島さんが生きてい
るうちに吸収できるだけ吸収してほしいよ。
よし、心にもなくこんなに褒めたので、次に会ったときの飲み会はコタさん
のおごりだな。\(^O^)/
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http://iiyu.asablo.jp/blog/2008/07/03/3607518
祝Lisp誕生50周年とジェネレーティブプログラミング
と
http://iiyu.asablo.jp/blog/2008/07/04/3609430
翔泳社 IT Architects’Archiveシリーズ
で、
「コタさん(古田島さん)のがんばりでしょうね。ありがとうございます。」
と書いた。
かつての各誌の連載では、何度も触れたことがあるので、昔からのおれの読
者は知っているだろうが、若い人は知らないだろうから、簡単にコタさん(古
田島さん)のことを書いておこう。
神田神保町の書泉グランデの5Fに古田島さんがいたとき、コンピュータ関
係の洋書が異様に充実していたのは、この人のおかげ。
以前、どこかの連載で書いたように、東京に出てきた当初は、福岡に比べ、
新宿紀伊國屋や八重洲ブックセンターの洋書の充実ぶりに感動したが、たまた
ま、あるとき、グランデに行って、コンピュータ関係の洋書の棚にびっくり。
名前だけで現物を見たことなかった、あの本もこの本もある。新宿紀伊國屋
や八重洲ブックセンターなんて目じゃない。日本一の品揃えだと思ったね。
以来、足しげく通うんだが、目つきの悪い店員が、こいつ、万引きするんじ
ゃないかってな目で、ジロジロ、おれを見てるのね。
おれも連載していた翔泳社から出ていたDDJ日本版に、古田島さんが売れ筋
洋書や今後の注目洋書のコーナーを書いていた。
ああ、あの異様に充実した品揃えのキーマンは古田島さんというのか。一度
会いたいなあと思った。
あるとき、グランデで紹介してもらったのかな。ビレッジセンターの中村満
さんが紹介してくれた? DDJ日本版編集長だった清水さんの紹介?
もうその辺は覚えてないけど、とにかく、あの目つきの悪い店員が古田島さ
んだった。\(^O^)/
古田島さんも、おれのこと、怪しい奴だなと思って警戒していた。\(^O^)/
いまは、アマゾンで直接海外から洋書は買えるから、グランデなどもそうだ
し、みんな、洋書は割りに合わなくなって縮小してますよね。
古田島さんも翔泳社に移って、良書の日本語版をなんとか出そうと、水面下
で暗躍しているわけです。
あと、まだいるのかどうか消息は知らないけれど、ピアソン・エデュケーシ
ョンの藤村さんとかね、一般人が知らないところで、コンピュータ関係のいい
洋書の日本語版をなんとか出せないかとがんばってる人たちは、いるわけです。
日本のソフトウェア業界が弱いとか、なんだかんだ言われるけど、それでも、
世界トップクラスの水準である日本の経済や社会を、コンピュータのハードや
ソフトが支えていられるのは、この人たちのおかげでもあるわけ。
古田島さんが偉いのは、自社の連中だけじゃなく、コンピュータ関係の他の
出版社の若い連中と一緒に書店を回って、若い連中に棚の作り方や目利きのや
り方を指導して、後進を育てていること。そして、神保町で酒を交わしながら、
ああでもない、こうでもないとやってる。
若い出版人に望むことは、古田島さんから吸収できるだけ吸収して、次の世
代に精神やノウハウをつないでほしいということ。
業界の生き字引だったプラットホームの本多の親父さんが亡くなって、いろ
いろ思うことがあった。古田島さんは、すぐ死にそうな年じゃないけど、人生、
先はわからないからね。古田島さんは、コンピュータ関係の出版、特に洋書に
関しては生き字引の一人だから、業界の若い出版人は、古田島さんが生きてい
るうちに吸収できるだけ吸収してほしいよ。
よし、心にもなくこんなに褒めたので、次に会ったときの飲み会はコタさん
のおごりだな。\(^O^)/
コメント
_ 古田島 ― 2008年07月04日 11時05分20秒
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_ ホットコーナーの舞台裏 - 2015年04月05日 11時29分02秒
ASAHIネット(http://asahi-net.jp )のjouwa/salonからホットコーナー(http://www.asahi-net.or.jp/~ki4s-nkmr/ )に転載したものから。
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お買い上げありがとうございます。
これは、「エリック・エヴァ
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お買い上げありがとうございます。
これは、「エリック・エヴァ
あの頃を思うと、この世界が活況を呈していた時代が懐かしいです。いまは何でも簡単・便利になりすぎファーストフード時代に突入中です。思考が生育できない環境にある。そこを何とか打開したくて今の活動を細々とやっています。今後も応援宜しくお願いしまぁ~す。