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Re: 牛肉の安全を再考する~来年、全頭検査が中止に その22007年08月31日 09時06分48秒

ASAHIネット(http://www.asahi-net.or.jp)のjouwa/salonからホットコーナー(http://www.asahi-net.or.jp/~ki4s-nkmr/ )に転載したものから。
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http://iiyu.asablo.jp/blog/2007/08/16/1727470
Re: 牛肉の安全を再考する~来年、全頭検査が中止に
のコメントにコメント。
 土屋さん。ぼくは牛肉も食うし、タバコも喫むから、タバコを喫んでいるの
に、怖くて牛肉は食わないという心理はよくわからない。きっと、マスコミ報
道に毒されているんでしょうが、本質的には、人間は非合理的な存在だからだ
と思いますよ。

 余談。最近は、タバコは吸うというけど、以前は、タバコは喫む(のむ)とい
ってましたね。彼は「タバコ喫み」だという言い方もしていた。お茶だって、
以前は、「飲む」ではなく、「喫む」とも書いてましたもんね。
 書き分けは当然あって、ぼくの場合、「飲む」と書くと即物的に単に摂取し
ているだけというニュアンス。「喫む」と書くと、楽しんでいる、嗜んでいる
感じ。趣味や芸事に近いニュアンスを感じますね。
 お茶を飲むというと、喉が渇いたから飲んでるだけ。お茶を喫むというと、
もっと心が豊かな状態ですね。本来、喫茶店は、そういうひと時を過ごす場所
ということだもんね。
 たばこも「吸う」だと即物的摂取。「喫む」だと、いかにも嗜好品を楽しん
でいる感じします。

ひさん。
全頭検査が研究に役に立つというのは、牛そのものより、データです。いつ
からいつまで、どういう技術でどう検査して、出た、出なかったというデータ。
これが網羅的、継続的であれば、後に役に立つ可能性が非常に高くなる。「出
た」というデータと同等に、場合によってはそれ以上に「出なかった」という
データも重要。そのとき、全頭検査であれば、もっと価値が高まるわけ。

>ちなみに中西さんは「米国については、状況によって判断が正しいが、国内
牛の「全頭検査」は全く不要とした。」という意見です。

 中西氏も池田氏も、リスク評価をいってますが、そんなのは、政策決定者へ
のアドバイス程度のことで、病気の本質や科学の真理探究とは全く関係ない。
それに、EUのように月齢24ヵ月以上のみ検査しようとしたけど、全頭検査にし
てみたら、24ヵ月以下の牛からもBSEが見つかったなんて話があるわけでしょ。
 だから、その意味では、彼らの意見は科学的合理性皆無。彼らと科学者は立
ち位置が全然違うんです。
 年3億円なんて、塩爺こと塩川正十郎の「母屋(一般会計)でおかゆをすすっ
て節約しているのに、離れではすき焼きを食ってる」という発言で有名な、官
僚の腐敗と利権の温床たる特別会計にちょっとメスどころか、針の先でつっつ
くだけで、捻出できそうですけどね。

コメント

_ Blatanda ― 2007年08月31日 12時56分11秒

全頭検査が無駄というのは、検査の感度に限界があるため、検出されなかったからといって体内に異常プリオンが0というわけではないので、100%の安全性を担保するものではないから、費用の無駄といわれる側面があるのでは?
検査対象を24ヶ月以上とか20ヶ月以上とかにするのも、仔牛のうちは異常プリオンが増えていないため、検出が不可能(検査が無駄)という理由からで、ある月齢以上を調べればBSE牛を100%捕捉できるという意味ではないです。
3億円が高いかどうかという判断は難しいですが、安いからといって何でもやればいいというわけにはいきませんから、やはり費用対効果ということになって、その「効果」の見極めとしてリスク評価ってことになるのだと思うのですけどね。
あと、科学の真理探求のために必要というなら、最終的にどれだけの検体が必要なんでしょうか。もう相当なサンプルがあると思いますが。

_ ひ ― 2007年08月31日 22時01分15秒

回答ありがとうございます。ちょっと感激です。

> 中西氏も池田氏も、リスク評価をいってますが

中西さん、元々は上下水道の専門家で、長い期間に誰もやりたがらない末端の研究を地道に続けてた方です。結局のところ、お金も時間も資源も人的リソースも限りのあるものだから、どうすれば効率的にそれらの制限を考慮してリスクをつぶして行けるか、という問題に突き当たりました。それがリスク管理です。

ダイオキシンが有害とか、煙草の煙が有害とか、フロンが地球温暖化を促進しているとか、単純にリスクを同列に扱っていては効率的ではありません。大きな問題と小さな問題に、単に世論の反響だけで同じリソースを割くのは効率的ではありません。そこで、それらのリスクを定量的に分析して、リソースをなるべく効率的に分配することが重要です。

年間3億あれば、それなりの調査プロジェクトが運営できます。日本におけるBSE研究を完全になくすことがいいとは思いませんが、BSE研究に全頭検査で年間3億かけたところで、それほど効果が期待できるとは思えません。というのも、年間1頭のBSE牛が見つかったところで、そもそも突然変異でBSE牛が発生する確率を考慮すると、必然的な結果になる、という結論に達するかも知れません。ましてや、誰も日本の牛肉で死人はでていないし。

このあたりの問題は、実は福岡さんが一番よく理解していると思うんです。少なくとも、日本以外の国のBSE研究者が、全頭検査の重要性を説くなんてことはないんです。むしろ、全頭検査は非効率的というのが一般的な意見です。ちなみに、福岡さんは各国における全頭検査の必要性はどのようにお考えなんでしょうか。福岡さんの著書には、日本以外の全頭検査について言及されていますか。

> 針の先でつっつくだけで、捻出できそうですけどね。

そんなことないです。みんな苦労してます。

_ pon ― 2007年09月05日 09時38分25秒

3億円というのは、人間の生命に換算して、二人分ぐらいです。
BSE牛が一頭出ると、それに感染する人が、数人~数十人は出るでしょう。仮に十人だと仮定します。

すると、二人と十人の比率だから、1:5。つまり、五年に1頭の検出がなされれば、経済的にはペイします。
また、骨をこっそり使うのを抑制する効果もあるので、その分も入れると、大幅な効果があります。人命に換算して、年間数億円の効果はありそうです。

なお、人命に関係しないで、(豚に牛肉を食わせることにして)豚の命に換算するなら、大幅に効果は減ります。
BSE のチェックが重要なのは、それが人命に関わるからです。人命に関わる調査は、超厳格になされるべきです。

第一、そうしないと、牛肉離れが起こって、牛肉の消費が大幅に減ってしまいます。

_ ひ ― 2007年09月05日 21時21分13秒

Blatandaさん>
> 全頭検査が無駄というのは、検査の感度に限界があるため

というより、すでに国内牛のBSE牛が食肉として流通するリスクが極めて低くなるよう対策が取られており、全頭検査を続けるメリットがない、ということかと。

BSE(牛海綿状脳症、いわゆる狂牛病)対策について
http://risk.kan.ynu.ac.jp/matsuda/2002/bse.html


> 科学の真理探求のために必要というなら、

日本でのサンプル数が少なすぎます。比較するなら、BSE牛検出0でまともに調査する気のないオーストラリア牛と、桁違いの被害を出した英国牛に対して、最低10年分の全頭検査くらいしないと。英国の累計184,508頭に対して日本33頭(OIE 2007.July)。桁で4つ。
このように英国BSE牛のサンプルは非常に多いので、国内よりそちらの方が注目すべき情報が多いです。

もっとも、国内での科学の真理探究が目的なら、文部科学省の予算が適切かと。showさんが主張するならば、「農林水産省が全頭検査を中止してもいいけど、科学の真理追及のために文部科学省が引き継ぐべき」が妥当では。

_ 土屋 ― 2007年09月05日 23時32分20秒

>本質的には、人間は非合理的な存在だからだ と思いますよ。

それを言ったらおしまいではないでしょうか?それこそ科学の真理探究がどっか行っちゃいます。 全頭検査もやっぱりゼロリスク症候群でしかないとう良い例に聞こえますし。

>3億円というのは、人間の生命に換算して、二人分ぐらいです。

これ意味が分かりません。まずなぜ単位が時間(分)なのか?「BSE牛が一頭出ると、それに感染する人が、数人~数十人は出るでしょう」これもよく分からない。そんなデータどこにあるんですか?

_ 中村(show) ― 2007年09月08日 23時06分41秒

>それこそ科学の真理探究がどっか行っちゃいます。

 土屋さん、おれはそれは逆だと思ってる。
 すなわち、人間精神の非合理性こそ、社会発展、科学発展の原動力になってきたのではないかと。
 科学的合理精神は進路を定めるが、推進力は非合理性だろうと。
 要はバクチが打って、リスクを取って勝負しないとなかなか発展しないということ。

_ 土屋 ― 2007年09月09日 17時40分02秒

> 要はバクチが打って、リスクを取って勝負しないとなかなか発展しないということ。

なるほど、おっしゃる通りかもしれません。ちなみに私は昔ホットコーナーにマイナスイオンのいかさまに関するメールを送らせて頂いた者です。マイナスイオンの話と今回の話はリスクを取って勝負すると言う話では、そういう意味では全く違う話ですね。

経済合理性から見ると殆ど意味のない全頭検査を主張する人達とウソと知っててマイナスイオン製品を作る人達とを私は同列に考えていました。
しかし、全頭検査が科学的探究の目的であると考えている学者とマイナスイオンの人達とは根本的に違いますね。

しかし、中村さんが言うような「リスクを取って勝負」するという認識は一般消費者も含めて持つべきだと思いますがいかがでしょうか?マスコミを含めてそういう事をいう人達は少ないですよね。
一般消費者はともかく少なくともマスコミはこういう認識を持つべきだと思いますがいかがですか?(マスコミに期待し過ぎ?)

日本の全頭実施による産業全体の経済損失(費用ではない)は6000億円近いと言われているので、それでも私はやっぱり全頭検査に掛かる費用はエイズなどの研究に使った方がいいのではないか、と考えます。
そのほうが沢山の人の命が救えると思うので。

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