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Re: 自分をグーグル化した情報サイボーグの末路2008年05月17日 05時32分05秒

ASAHIネット(http://www.asahi-net.or.jp)のjouwa/salonからホットコーナー(http://www.asahi-net.or.jp/~ki4s-nkmr/ )に転載したものから。
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http://iiyu.asablo.jp/blog/2008/04/30/3416616
自分をグーグル化した情報サイボーグの末路
についた、「ひ」さんのコメント。
--- ここから ---
美術活動を知的生産と位置づけたら、きっと美術屋さんは赤面してしまうでし
ょう。彼ら、彼女らは、絵を描いたりモノを作る行為を、ある種の排泄行為と
認識しています。作らないと死んでしまうか、そうでなければ病んでしまう。

美術作家の旦那
--- ここまで ---

 芸術家なら、赤面してはいけません。\(^O^)/
 排泄行為でいいんです。それが美を生むのが、芸術家の芸術家たるゆえん。
 大体、作家、音楽家、画家、なんでもいいけど、芸術の人は、表現ができな
いと、フツー、発狂するか、自殺するか、人を殺すかなんですよ。\(^O^)/
 あ、それは研究者も一緒ね。
 いずれも世が世なら、あるいは体制が体制なら、投獄や処刑されるか、精神
病院や収容所送りですもんね。\(^O^)/
 こういう人たちは、既存のシステム、体制の秩序や世俗的な常識を破壊しち
ゃう可能性が高いから、危険分子なんです。つまり、本質的に知的生産は危険
なんです。逆にいえば、既存のシステム、体制の秩序や世俗的な常識を破壊し
ないようなものは、知的生産とはいえない。
 それをやるには、メタにならないと。
 おれはメタになることを目指して、メタボリックになりました。\(^O^)/

 当人はそうと意識してない行為が美を生むという意味の究極は、所詮、森羅
万象は、量子のきまぐれという考え方ですね。量子情報科学的にいえば、すべ
ては宇宙規模の量子コンピュータによる量子計算の結果にしか過ぎない。
 量子情報科学が教えるところによれば、宇宙規模の量子コンピュータで宇宙
をシミュレートすると、現実とシミュレーションは区別がつかない。我々の宇
宙、我々自身も、量子コンピュータによってシミュレートされた計算結果に過
ぎないかもしれないというんですからね。
 いやあ、いい考え方ですねえ。\(^O^)/
 最近の映画でいえば、「マトリックス」の世界ですね。

http://iiyu.asablo.jp/blog/2008/05/04/3451818
ニュートン、万能細胞特集
で紹介した、芸術的な美を生み出している星雲なんて、あえて擬人的にいえば
彼らは、物理的、化学的反応によって「排泄行為」をやってるだけだもんね。
それが、あれほど素晴らしい美を生み出すんですからね。
 星雲は、勝間和代的情報サイボーグよりはるかに知的生産者です。\(^O^)/
 しかも、星雲は、知的生産者と呼んでも、決して赤面などしません。\(^O^)/
 芸術家の鑑ですね。\(^O^)/

コメント

_ ひ ― 2008年05月17日 22時35分11秒

美術屋さんにとって、知的生産=創造性というshowさんの定義には無理があって、あまりそういう認識はされてないんじゃないか、という意味で「赤面するんじゃないか」というのが私のコメントの真意です。showさんのおっしゃりたいことはわかりますが、単に言葉の定義に違いを感じています。

知的な行為というのは、芸術を創造する行為とは実は全く逆な立場だというのが、正直なところ美術屋さんの認識のようです。感覚的というか。せいぜいいってコンセプチュアルアート。数学的な美しさを絵画にしました、というのはそもそもスタートラインが違う。

典型的な例として色彩検定。体系的に並べなおして規則性を導き、それを元に実際の色の組み合わせを決めていく行為を「知的」とする。それに対して、「A色とB色は合わないよ。あたりまえじゃん、見りゃわかるでしょ」というのが感覚的。感覚だけで判断できるので、知的な行為みたいな回りくどい手段をとる必要がない。また、作品の美しさを証明する必要もない。

という感じですかね。

物理屋さんと数学屋さんについては、またちょっと違うかもしれませんが、私の知的生産は、せいぜい知識の効率的な活用による再生産活動にとどまってます。
---
嫁の言うことがたまに感覚的すぎてよくわからない旦那

_ 中村(show) ― 2008年05月18日 06時37分23秒

ひさんとは、逆の定義ですね。ぼくの場合。
感覚的なところに人間の知的生産の鍵があると思っているので。
色彩検定の例でいえば、規則性を発見し、体系化するのは知的生産だけど、それを使ってルーチンワークをこなすのは、知的生産とはいえないと思っています。
ベースになる体系を身に付けておくのは、基礎体力のレベルであって、ルーチンワークの先をやらないと知的生産ではないと。
これは物理や数学でも同じでしょう。
ルーチンワークはコンピュータがどんどんこなしていけますし、コンピュータで処理できるルーチンワークのフィールドもどんどん広がっていますしね。

_ ひ ― 2008年05月24日 10時01分04秒

うーん。定義が違うのは分かるのですが

> 色彩検定の例でいえば、規則性を発見し、体系化するのは知的生産だけど

ここで言う知的生産(規則性の発見と体系化)なんかしなくても、センスのある美術屋さんは感覚で知っています。むしろ、彼ら彼女らの多くは規則性の発見と体系化は苦手な作業です。

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_ ホットコーナーの舞台裏 - 2008年05月18日 07時07分23秒

以下、
http://iiyu.asablo.jp/blog/2008/05/17/3518558
Re: 自分をグーグル化した情報サイボーグの末路
の続き。
 オリジナルの標題に、「その2」をつけました。

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標題: Re: 自分をグーグル